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サステナブルの循環は、目に見えない世界からやってくる。 || 伊藤光平 / 株式会社BIOTA代表取締役・微生物研究者

2022.09.14|コラム

人も自然も、ともに無理なく生きられる仕組みを。そうしたサステナブルな動きが進み、外の世界に意識が向ける人が増えています。でもその「自然」には、微生物という人の目では見えない世界も内包されているんです。微生物研究者の伊藤光平さんに、目指すべき人と微生物の関係性を尋ねました。

 

 

Profile
伊藤光平さん

伊藤光平さん

株式会社BIOTA代表取締役。微生物研究者。高校時代から次世代シーケンサによる常在菌の解析を行い、慶應義塾大学環境情報学部でも微生物研究を継続。共同研究先と新規に単離された細菌株のゲノム解析を行い、論文を投稿した。また学生団体「GoSWAB」を立ち上げ、都市環境にある微生物コミュニティの研究を行い、2018年にはForbesの「30 UNDER 30 JAPAN 2018(世界を変える30歳未満の日本の30人)」に選ばれる。2019年9月に同大学を卒業、現在は東京を拠点に株式会社BIOTAを設立し事業に取り組んでいる。

 

微生物で大切なのは善悪ではなく多様性という視点

大都市・東京。多くの人が忙しなく行き交うなか、所在なく歩いている伊藤さんの姿がありました。公衆電話に目を留めては、手にした綿棒で受話器の表面をなぞっていく……伊藤さんは都市と微生物の関係性という、新しい分野の研究事業を行っています。

 


──どういったところを調査されているんですか?

「公衆電話もそうですし、店舗の入口や公園のベンチ、施設の手すり、オフィスのデスクなど、なるべく多くの人がインタラクションする場所ですね。人が触る場所の微生物は人に付着するので、インパクトが大きいと考えています」

──綿棒で微生物を採取しているんですか?

「使用するツールは綿棒に限りませんけど、その場にある微生物を採取した後、次世代シーケンサにかけて全DNAを解析します。シャーレでの培養法は、培養できる微生物しか残らないし実際にその環境にいた微生物コミュニティのバランスがわからないので、あまり行いません」

──そうした研究で、どういったことがわかってきたのでしょう?

「それぞれの場所にどういった微生物が多く存在しているのかが、わかってきています。たとえば電車内のシートからは女性の膣内にいる微生物を観測できたため布を貫通していることがわかりましたし、スマホについた微生物を調べれば所有者の食生活がわかります。みなさんが強く興味を示すのが、病原菌や薬剤耐性菌の存在ですね。直接、体に悪影響を及ぼすものですから。でもわたしは、個々の良し悪しではなく、微生物の多様性に関心を持っているんです。なぜ、その場所では特定の微生物ばかり増殖しているのか? なぜ、別の場所では多様性を維持できているのか? そして、それらのバランスが人や環境にどのような影響を及ぼすのか?」

──「善玉菌」「悪玉菌」のように善悪だけで捉えてしまいがちですけど、そうじゃないんですね。

「手っ取り早く理解するには、そうして単純化する視点もアリかもしれません。でも、良し悪しの判断って難しいんです。同じ細菌でも、腸内環境によって働きが変わりますから。それよりも大切なのは、微生物ひとつひとつの働きではなく、その環境における微生物のバランスと人に及ぼす影響という、俯瞰した視点。メタゲノム解析という手法で全DNAを明らかにすると、ひとつの場所から膨大な種類の微生物が採取できます。かなりの努力が必要なのですけども(笑)、そのデータから微生物コミュニティを理解するんです」

 

──「微生物コミュニティ」ですか。

「はい。今、都市部の多くの場所で微生物コミュニティがいびつな状況になっています。周りに土や川がなく、室内に植物もなければ、自然由来の微生物が存在せず、ヒトに常在する微生物ばかりになってしまうんですね。また、高気密で外から空気が入ってこなかったり、自然換気ができず機械換気のみの室内が多くなっています。集中治療室や病室がそうした偏った環境であるために、感染症が起きやすいのではないかという論文もあります。除菌・殺菌ばかりやっていても、薬剤耐性菌が増えてしまう。だから、大事なのは多様性。多様な系統の微生物が十分量存在していれば、ヒトにとって厄介な微生物が異常に増えてしまうという事態を防げると思っています」

 

 

「人と違うことがしたい」想いからたどり着いた微生物研究

小学生時代、夏休みに課された自由工作ではラジオや有線電話などの電子機器を作り、中1からはパソコンを自作したりと「とにかく人と違うことをやっていたかった」という伊藤さん。微生物研究の道に進むきっかけは、地元にバイオテクノロジーの先進研究施設があったことでした。


──どういう経緯で微生物研究の道に入ったんですか?

「わたしは山形県鶴岡市出身なのですが、そこに慶應義塾大学の先端生命科学研究所があるんです。地元の学生を研究生として迎え入れるプログラムがあり、高校の3年間参加していました。とにかく人と同じ選択をするのが苦手で。周りが部活動や受験勉強に勤しむなか、なにか別の道はないかと思って選んだのが、そのプログラムでした。だから、もとから生物学に興味があったわけではないんですよ。でも、そのうちにのめり込むようになっていったんですね」

──偶然が積み重なっていったんですね。そのプログラムでは、どのようなことをしたんですか?

「次世代シーケンサを使い、人間の皮膚に常在する微生物コミュニティのゲノムを読みました。わたしはアトピー体質で、海水や温泉に浸けて治そうという民間療法を試した経験があったので、アトピーが悪化した際に皮膚を海水に浸けると微生物がどうかわるか観測したんです。詳しいメカニズムまでは突き止められませんでしたが、海水塗布によってアトピーの原因とされる一部微生物が減少したことを確認しました。仮説の実証には大規模な実験が必要で、そこまではできませんでしたけど、わたしのモチベーションは純粋に『知る』ことだったので、そこでの3年間はとてもおもしろかったですね」

──次世代シーケンサを使ってのゲノム分析というのは、高校生としてはとても貴重な体験だったのでは?

「そうですね。ずっとパソコンをいじってきて、データ解析やプログラミングに抵抗がまったくなかったんです。慶應義塾大学環境情報学部に進んだあとも同じような研究を続けることになるのですが、普通は大学4年生で研究室に入ってから触れるような実験機器ですから、高1から使えていたのはアドバンテージでしたね」

 

 

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Credit
Photo_MURAKEN
Text_Hiroyuki Yokoyama