小さくはじめて、住民全員で大きな夢の実現へ
現在、石徹白では水力発電が4機稼働しており自給率は230%近く。外から電力を買うどころか電力の売電収入が入る仕組みになっています。縁もゆかりもない集落で、彰秀さんたちが水力発電を推し進め、エネルギーを自給するまでの道のりは決して平坦ではありませんでした。
「最初の半年で小さな手作り水車を3つ作りました。ただ落ち葉は詰まるわ、電気の制御方法が分からないわでうまく進まず(笑)今、メインで電力を担っている『石徹白番場清流発電所』を導入するにも2億近くのお金が必要なのですが、地域の人たちからそんなのは無理だと言われていました」
──それはなかなか大きな金額ですね。
「当初、地域の人は僕たちの活動を冷ややかに見ていましたね。当たり前ですよね、見ず知らずの人がいきなり来て『水力発電を始めよう!』だなんて言うんですから」
──たしかに驚きますよね。
「ただ『水力発電が石徹白にプラスになると実感できれば次につながる。まずは小さなものをきちんと作ろう』と声をかけてくれる人がいて」
──素敵な言葉…。
「大学との共同研究で2009年にらせん水車を、2011年に上掛け水車を作りました。発電電力量はそれぞれ家1軒と4軒分。一般的に100kw以上だと採算が合うと言われているのでこの2つだと電気を外から買った方が安いんですけど…」
「実際、その水車を作った頃から地域の人たちが可能性に気づきはじめたんです」
──すごい、アドバイス通りですね。
「水力発電を取り上げるメディアが多くなり、石徹白を訪れる人やお店のお客さんが増えるなど目に見える変化が起きて。徐々に『水力発電ができて良かった』という声が上がりはじめました。あとは水車の設置工事を地域の人が担ったことで、一致団結する良さを再確認したんだと思います」
──自分たちで手を動かしたんですね。
「ここ数十年、集落としての団結力は弱まっていましたが、石徹白はもともと家を建てるのも橋を架けるのも地域で行うのが当たり前。自治の精神が根付いているんです。大正時代、住民主体で水力発電を運営していた歴史もあるくらい。地域の人たちが再び共に動こうという機運が高まりました」
──そこから当初諦めそうになった大型水力発電の導入に動くのでしょうか。
「はい。2013年に自治会長が発起人会を作り、2014年に石徹白の住民で組合を設立。県や市の補助金に加え集落ほぼ全戸出資によって2015年に着工、2016年に『石徹白番場清流発電所』が稼働しました」
──ほぼ全戸出資ってすごいですね。
「僕は何もやっていません(笑)集落をまとめたのは地域の方で、発起人会のメンバーが全世帯を一軒一軒回って説得してくれました。みんな『このままじゃ集落がなくなってしまう』という危機感が強かったからこそ実現できたんだと思います」
今を実直に積み重ねれば、きっと未来にたどり着く
石徹白の人たちはみな「水力発電ができたことは大きいけど、それはきっかけに過ぎない」と口を揃えて話します。水力発電を導入した結果、具体的にどんな変化が起きたのでしょう。
「やっぱり古くからこの地に息づいてきた自治を取り戻す契機になったことが一番大きいです」
──自分たちの集落に自分たちが責任を持つということでしょうか?
「はい。水力発電の取り組み前は『何をしても長続きしない』とか『集落を残すのは難しい』など悲観的な声が多かったけれど、途中から『こういうことをやってみたい』という前向きな意見が増えてきたと思います」
──2020年の石徹白はどうですか?
「うーん。正直、今は過渡期ですね。当時主体的に動いていた人たちが歳を重ねているので、全体的なエネルギーは落ちています。一方、水力発電を機に石徹白を知って移住する人が増えているのは喜ばしいこと。今、100世帯250名のうち15〜20%が移住者です。人の循環を感じます」
──水力発電を機に石徹白を知って移り住むってすごいことですよね。
「移住者からいくつものムーブメントが生まれています。ゲストハウスやカフェをオープンする人がいたり、お年寄りを車に乗せて買い物や病院にお連れするサロンカーという取り組みが始まったり。他にもお米を作ったり特産のとうもろこしの集落営農をしたり」
古くから石徹白に住む人も「平野くんたちの行動力があったから今の石徹白がある」と全幅の信頼を寄せます。ではこれから彰秀さんが考える石徹白の未来とは、一体。
「当たり前の暮らしが当たり前に続いていく集落であってほしいです」
──当たり前が当たり前に続いていく。深いですね。
「石徹白で暮らすおばあさんを見ているとすごく楽しそうで。自分たちのルーツに誇りを持ち、ユーモアにあふれていて。今の時代を生きる僕たちにとっては、忘れていた大切なものにふと気づかされるような気がします」
──根っこにあるのは石徹白を未来につなぎたいという想いですね。
「石徹白に人がどんどん入ってきて、化学反応が起き、新たな生態系が生まれるのが理想です。昔から住む人も外から来る人もそれぞれ活動して、全体として大きな力になるような」
──彰秀さんはそのきっかけづくりをしたい、と。
「そうですね。石徹白を好きな仲間が増えて、その人が気軽に参加できたり、新しい取り組みを起こせる環境を作りたいです。たとえば今携わっている移住者の受け入れやシェアハウスの運営もその一つです」
──地道な活動が未来に繋がりますね、きっと。
「僕たちは縄文から続いてきたその最後尾にいます。だから次の世代にきっちりバトンをつないでいきたいです」
フォトグラファー&ライター / 忠地七緒
雑誌編集者を経て2017年独立。アイドル、ライフスタイル誌を中心に撮影。写真と文を組み合わせることで生まれる統一した世界観が評判。作品も積極的に制作しており個展開催多数。上智大学卒業。東京・清澄白河在住。