──理由を聞きたくなる素敵な名前ですね。人を集めるということ自体は難しくないのでしょうか?
「制度面でいうと、2009年から地域おこし協力隊の制度が始まって、多くの人が地域に入っていくきっかけにはなりました。この村も、人口は1500人もいませんが、地域おこし協力隊は35人もいます。今年は50人くらいまで増えるんじゃないかな」
──50人も!
「役場が募集するのではなく、各ベンチャー企業が募集する企業研修型協力隊という仕組みを作っているんです。ローカルベンチャーが事業拡大しようとしたとき、企業に研修生として入る人に協力隊予算をつける形にしているので、結果的に協力隊の数も増えていった感じですね。ただ一方で、協力隊制度がないと人の採用ができない会社もまだ多いのが現実で。やはり自力で利益を出して、人材に再投資していくだけの力がある会社が必要なので、協力隊制度も活用しつつ、『TAKIBIプログラム』では、自力で人の採用育成ができる規模の会社をしっかり作っていきたいですね。面白い企画を作ってきちんと発信すれば、反応はあると思っています」
──牧さんが西粟倉村を訪れるようになってから10数年が経って、いよいよという段階でしょうか。
「それでもまだやりきれていないのは、未だに人口は減り続けているということです。内訳は改善されてきているし、移住者も増えているし、他の過疎地に比べたら鈍化しているとはいえ、まだ下げ止まっていない状態にあります。やっぱり森から価値を生むことを積み重ねていく中で、何とか再び人口が増えていくところまで持っていきたいですね。それが、会社にしてみれば売り上げみたいなもので、売り上げが上がれば上がるほどいいかといったらそういうわけではありませんが、より多くの人に価値を提供して、お客様に喜んでいただいた総和として売り上げというものがあると思うので、この村のひとりひとりの“生きるを楽しむ”ことの積み重ねの先にあるのが、人口という評価指標になってくると思っています」
思いを託せる仕事に 出会うまでの必要な時間
──先ほど、周りの人も巻き込んでいくというお話もありましたが、その点に関して何か取り組みはされているのでしょうか?
「『西粟倉アプリ村民票』というアプリを関係人口向けに村役場が作っていて、私も開発に関わらせてもらっています。なんでもオープンにするというより、今は大事な人たちにお得な情報を届けるという比較的クローズドな方向ですね。村の人口が1400人なのですが、アプリの登録者数はすでに村の人口を超えています。急なボイラーの故障で村の温泉が夕方まで入れないという情報を、温泉のサブスクのチケットを購入している人にだけプッシュ通知するなど、その人の地域や購買履歴に合わせて、誰にどういう情報を出すかを選択することもできます。村で水力発電所ができるときの愛称など、募集やアンケートもアプリ村民の方に呼び掛けるのですが、反応率がめちゃくちゃいいんですよ。今後はふるさと納税の機能なども実装していく予定です」
──私もダウンロードさせていただきます! 他に、ここ数年で進んでいる事業はありますか?
「やってみたいことは常にいっぱいあって、その時々にやれそうなことを少しずつ手掛けていっている状況ですね。最近だと以前からやってみたかった養蜂を始めました。あと、不動産チームが空き家の管理を60軒くらい任されていて、不動産業で2人くらいのお給料を出せるくらいにはなりました」
──木材から始まって、鰻に鹿に蜂に不動産にと……本当に幅広いですね。ベースにあった雇用や育成についてはいかがでしょうか。
「森の学校の立ち上げからずっと一緒に取り組んできた役場OBの方が、障がい者の就労支援の事業をやっているのですが、そこと連携していて障がい者雇用が順調に伸びていってます。うまく可能性を引き出すと、みんなきちんと戦力になってくれますし、その人たちの賃金を上げていくことと同時に、ちゃんと売れる商品を考えていくことは、僕にとってもすごく面白いプロセスで、ビジネスとしてもまだまだやれることがあると思っています」
──先ほどの、“人に合わせて運営する”という話にも繋がってきますね。
「介護に関しても、もし僕らが関わるなら、おじいちゃんやおばあちゃんに楽しく遊んでもらうというより、なんとか働いてもらうという考え方です。お金を稼ぐ楽しみはいくつになってもあると思いますし、戦力外だと思われがちな人に労働力になってもらう。介護保険のお世話になる人が、ただ介護サービスを受けるんじゃなくて、稼ぐ側に回れたら面白いですよね。全国的にそういう事例もちらほら出てきてはいるのですが、国も農福連携に力を入れようとしていますし、これからもっとその流れは強くなっていくと思います。僕自身はあまり人間が得意ではないのですが、人を活かすことにこだわった結果として、地域にある資源が活かされていくので、その人にどんな可能性があるのか考え続け、試し続ける。そこでうまくはまると新たな事業が生まれていきます」
──人と仕事のマッチングのようなことでしょうか。
「人は変わっていくし、成長していきますよね。だから、その人が本当にいきいきと働けて、何か価値を生み出せるようになるまで、3年から5年かけて仮説と検証を重ねていく感じです。鹿肉を担当している道上というスタッフがいるんですけど、犬や猫が好きで、もともと動物のお医者さんになりたくて獣医学部を目指したんですね。でも、数学がとにかく苦手で、結局、一浪した上に大阪外大のインドネシア語専攻に進んだんですよ。そこから食べることが好きだからと森の学校で鹿肉の担当になったのですが、彼の犬猫仲間からどんどん仕事の依頼が増えていって、最終的にせっかくだからペット向けの商品開発をしたいという話に繋がりました。そうなると、自分が見出したことだから、ほっといても仕事に気持ちが入っていくので、自然といい商品ができて売り上げも伸びていくんです」
──好きなことだから仕事が楽しめるし、だからこそ結果にも結びつくんですね。
「でも、彼が心の底から打ち込みたいと思える仕事に出会うことができるまで、やっぱり5年くらいはかかっているんですね。そういう意味では、すぐに結果を求めるのではなく、5年、10年と時間をかけることも大事だと思います。それはひとつのポリシーですね。心から面白いと思える仕事に出会えた結果として、新しい商品やサービスが生まれてくると思うので。僕としても、そういうところに辿りつくことが面白いと思っている、要はそういう結果になったら僕自身の仕事も楽しくなるということなんです。だから、僕は経営者でもあるのですが、プロデューサーの目線で仕事をしていることが多いんだろうなと思います」
もともとあった財産に新たな価値を見出し、仕事が仕事を生み、地域と人が繋がっていく。そして、目先の結果ではなく、時間をかけて人が仕事に生きがいを見出していく。
ゆっくりと流れる時間のなかで、確実に起こっている変化。そして、その変化は一歩一歩の積み重ねであるがゆえ、簡単に揺らぐことはありません。
終わることのない、牧さんの長い旅は続きます。
エディター&ライター/藤原 綾
エディター&ライター/藤原 綾
早稲田大学卒業後、保険会社でのIT推進、出版社での女性誌編集を経て2007年に独立。以来、雑誌や書籍、カタログ、写真集の編集、ライティングの他、ルポタージュやコラム、トークショーなど幅広く活動。集英社『よみタイ』にて、『42歳からのシングル移住』連載中。
42歳からのシングル移住 https://yomitai.jp/series/fujiwara/