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福岡の離島・能古島から、循環するまちづくりの未来を考える || 水谷元 / 建築家

2022.10.25|コラム

 

──自然に重点を置いたような都市計画の成功例はありますか?

「私のすごく好きな本に「ランドスケープアーバニズム」という本があります。アメリカで生まれた都市計画理論で、この理論を実践している最も有名な場所が、ニューヨークのハイラインという空中庭園です。観光地として人気スポットなので、ご存知の方も多いのでは。かつてはマンハッタンに貨物を輸送するための高架だったのですが、1980年代に廃線になってしまい、その後はずっとほったらかしで、荒れ放題になっていました。しかし鳥や虫、小動物がそこに生息し、ニューヨーク近郊から植物の種が運ばれて、いつの間にか自然の生態系が出来上がっていたんです」

 

「マンハッタンという大都会のど真ん中に、手付かずのジャングルができてしまった。その特殊で不思議な風景は、画家や写真家などのクリエイティブな感性を刺激する、魅力的な場所でもありました。この無法地帯を撤去しようという話も持ち上がっていたのですが、自然保護団体が反対したんです。そこで地元の熱意ある支援者達が対策チームを作り、人間も自然の一部なのだから、これは自然のインフラだ、という考えに基づいて、自然の生態系を重要なテーマとして掲げ、みんなが共有できて集える場にしよう、という流れになりました。ハイラインはセントラルパークのように、都市の喧騒から離れて自然に囲まれる、というのではなく、都市の中に自然も人間も混ざり込んで一体化している感じが面白い空間だと思います」


──日本に似たような事例や動きはありますか?

「やろうとして中途半端になっているところはいっぱい知っています。表面的なところで終わってしまっているのはちょっと残念です。ハイラインは育まれた生態系を守るという理想的な部分だけではなく、ちゃんと経済的に発展する仕組みもあり、逆に日本ではハイラインを意識した見掛けだけの植栽を整備したものも見受けられます。ハイラインでは本来だったら高架を壊して建つはずだったビルの代わりに、ハイライン沿いに建つ建物は容積を上乗せしていい、っていう制度を作りました。それで経済を回しています。似たような例で東京駅も実はそう。辰野金吾が建てた歴史的建造物を残すために、本来だったら駅の上に建つはずだった建物を、駅周りの建物に振り分けて、その分大きくしています。今の景観ができたのはそういう理由なんです」


──循環経済の話に戻りますが、海以外の地域でも、瀬戸内のようなテリトーリオの形成はあり得るのでしょうか?

「テリトーリオは行政区分を超えて広域であることが大事であり、インフラの整備が重要かと思います。中世の瀬戸内は海路があることで豊かに栄えることができました。海はやはり大きな要素だと思います。あとは例えば、昔は木材などを川上から川下へ運んでいましたので、川の多い地域はあり得るかもしれません。大阪は川が豊富だったから、川を生かした輸送で産業を発展させた街です」


──日本の場合は山も多く、岐阜県など、山を起点とした商圏を試みている地域もありますが。

「昔は川と街道、そこに宿場町があってネットワークができていました。その街道ネットワークをどうやって復権するのか。海に比べると、山の移動は大変だったと思いますが、交通手段も含めて新しいやり方が色々ありそうです」


「2000年頃は地産地消という言葉で、エネルギーをできるだけ使わずに自分たちの地域の中で生み出し、地域の中で消費しようっていうことが広く言われていた時代で、でもやっぱり自分たちが自信を持って作っているものは多くの人に知ってもらいたいし届けたい。その思いは変えられないと思うんです。しかも地域によってそれぞれ得意なものとそうじゃないものがある。みんな独自の文化があって、そこで育まれてきた産業があるし、それは突然作れるものではないから、その一つ一つをきちんと尊重しながらみんなでネットワークを繋いで、より良い豊かな生活をしていこうっていうのが、一番健全ではないかと。その時にできるだけエネルギーを使わずにどうやって連携するかとなると、テリトーリオという考え方はすごく参考になると思います」

「その中で建築は、そういう活動を生み出すための基盤なので、空間を通して、その土地の思想や文化、経済的なネットワークを体感できることが、大事な役割のひとつであると考えています」

 

流動的で行き止まりのない、「迷求空間」

 


──最後に、Covid-19の感染拡大で、人々の交流がしづらくなってしまった昨今ですが、水谷さんが考える新しい都市空間について教えてください。

 

「人が集まらずに働く場所を自由に選択できるようになると、極度に密集した都市の最大の魅力であるセレンディピティ(素敵な偶然の出会い)の誘発されやすい空間はどんどん失われてしまいます。今更満員電車には乗りたくないし、そのストレスからイノベーションが生まれるとは思わないけれど、セレンディピティを失わずに、仕事や暮らしを自由に選択できる時代に向かうべきだと思うんです。そのためにはどんな環境を用意して、どんな状況を生み出せばいいのか、空間に落とし込むとしたらどんな空間になるだろう、って考えたときに、思いついた言葉が『迷求空間』です。『偶然の出会いを誘発する複雑で多様な理想の場』をそのように名付けました」

 

──偶然の出会いは、人が集まる場所でないと難しいのでしょうか?

 

「詳しくは自分のnote(https://note.com/hajime_miz )にもまとめましたが、かいつまんで言うと、セレンディピティは都市だけでなく、田舎でも可能だということ。風景や動植物、様々なアクティビティに人間はアイデアをもらうことができる。自然に囲まれた大らかな場所でしか得られないセレンディピティをちゃんとピックアップして捉え、認識してもらう努力が必要だと最近は思っています」

 

「その時に、そこにある迷求空間とは一体どんなものだろうと考えています。みんながそれぞれ物理的に離れたいろんな場所に暮らせば、そこでしか得られない独自の歴史や文化、産業などがある。それらが情報インフラに乗せて広く共有できるなら、それを求める人々が集い、交流は促進し、多様な知との出会いの場として創造性を発揮できる。「都市」という概念は、ネットワークで繋がるような物理的な状況を超えたものに変わってきているんじゃないかと」

 

──迷求空間の建築、都市計画とは?

「都市でも建築でも、セレンディピティの可能性を最大化するには、例えば『道路』や『廊下』など、移動を目的とする用途の決められた空間であっても、天井が高くて伸び伸びと開放的だったり、人と出会い賑わう場所だったり、一人になれる静かな場所だったり、一つの用途だけに限定せず、様々なシーンに対応しうる、流動的で行き止まりのない空間として設計することが望ましいと考えています。それが多様な価値感を受け入れ、偶然の出会いや活動の場として、豊かな体験を与えてくれるのではないかと今も模索しています」

水谷さんの話はこの後も続き、地元である福岡の都市計画についてなど、興味深い話題を次々と明晰に語ってくれたのだが、残念ながらここにはもう書ききれない。興味を感じるなら水谷さんのnoteもご参照を。そしてぜひ能古島を訪ね、島の空気を感じながら、対岸の福岡の風景を眺めてみていただきたい。

 

 

Profile
江澤香織

江澤香織

旅、食、クラフトなどを中心に執筆。企業や自治体と地域の観光促進サポートなども行う。 著書『青森・函館めぐり クラフト・建築・おいしいもの』(ダイヤモンド・ビッグ社)、『山陰旅行 クラフト+食めぐり』『酔い子の旅のしおり 酒+つまみ+うつわめぐり』(マイナビ)等。

 

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Credit
Photo_Ryo Yoshihashi
Text_Caori Ezawa