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サステナブルの循環は、目に見えない世界からやってくる。 || 伊藤光平 / 株式会社BIOTA代表取締役・微生物研究者

2022.09.14|コラム

 

微生物研究を活用した社会実装の必要性を感じ、起業を決意

大学2年生のときには学生団体GoSWABを結成し、志を同じくする学生メンバーでの活動を開始。有害物質の原因を突き止める環境調査ではなく、共存を前提とした都市部での微生物調査というテーマは世界でもほとんど類を見ず、スウェーデンやインドで開催された国際学会での発表やソニー主催のコンペティションでの準グランプリ受賞を通し、GoSWABや伊藤さんの名前は世界へと知れ渡っていきました。

──都市部における微生物研究の、どこに惹かれたのでしょうか?

「単純に、誰もやっていないところに惹かれたんだと思います。自分が好きだったパソコンと同じように、大量のデータを解析して問題を解き明かすという最先端の分野だというのも重要なポイントですね。解析結果からどのような因果関係を読み解くのか? 生命現象を解き明かすのか?……本当に面白い分野なんですよ。そして、その研究成果を社会に実装することで多くの人を幸せにできる可能性があり、魅力的な領域だと思っています」

──大学卒業後、すぐにバイオテクノロジーベンチャーを起業されましたけど、それほどまでにこの世界にハマったんですね。

「そうですね。自分が『知る』ことを楽しみにしてきた研究も、次第に社会実装を想定した活動に変わっていきました。ずっと研究だけを続けていくのも選択肢のひとつですが、それ以上に社会に落とし込む作業も重要だと思ったんですね。だから大学院に進むより、起業してチャレンジしたほうがいいと考えたんです」

──なるほど。社会実装というところで、人間社会へ与える影響の大きな都市部を選んだわけですね。

「はい。誰もやっていないようでしたし。火山や深海などの極限環境や、腸内や口腔内、皮膚など人間内部での微生物の研究は進んでいるんですけどね。都市部における微生物の状況がわかれば、そこで暮らす人々の健康を守ったり、幸せにしたりできるのかなって思っているんです。ちなみに、わたしが結成したGoSWABのSWABは綿棒のこと。都市の微生物って綿棒さえ持っていれば誰でも採取できて、微生物に身近な感覚を持ってもらえればと思ってつけた名前なんです」

 

殺すのではなく、共生を。微生物と築くサステナブルな関係

人の目に見えないほど小さい、微生物。新型コロナウイルスの蔓延によって、図らずも人々は強く意識するようになりました。しかし伊藤さんは、加熱するウイルス対策に警鐘を鳴らします。

 

──今や、さまざまな施設や店舗の入り口に手指用アルコール消毒剤が置かれるようになりました。ある意味、世界中の人々が微生物の世界に注目するようになったともいえますね。

「家に帰って手洗いやうがいをするのはいいことだと思います。ただ、目に見えない世界のことですし、メディアも煽りますから、少々行動が行き過ぎているのでは……と思うこともありますね。空間の微生物をゼロにしようというような試みなんかは、まったくサステナブルではありません。どれだけ殺菌しようとしてもそれを上回るスピードで増殖する菌もいますし、薬剤耐性菌も生まれてしまう。コスト的にも、サステナブルではありませんよね。」

──微生物への対応が、やりすぎだと。

「病室など特殊な環境を除けば、菌を殺すことに固執しすぎるのはよくありません。人間も微生物も生態系の一部なのだという事実を、ポジティブに理解する必要があります。腸管免疫や腸内細菌の研究分野では、腸内細菌のバランスや多様性で抑うつ作用が進んだりなど、脳と腸が密接な『脳腸相関』の関係にあることもわかっています。わたしたちは微生物とともに生きるしかないんです。そもそも、すでにそこに存在しているものですから、人間の手によって完全に葬り去れるものでもありません。殺すよりも、どう有効活用するか、共生するか。微生物とサステナブルな関係を築き上げる方法を考えたほうがいいと思っています」

──微生物とのサステナブルな関係、ですか。

「はい。SDGsで掲げられている目標を見ても、微生物が果たす役割は非常に大きいものがあります。わたしが大学時代にゲノム解析をして論文投稿した『Rhodococcus sp. Br-6』という細菌は、発ガン性物質でもある臭素酸を非常に高速に還元する働きを持つ微生物でした。浄水場ではオゾン処理と呼ばれる方法で汚染水中の有機物を分解するのですが、副産物として臭素酸が出てしまうため、この『Rhodococcus sp. Br-6』を活用すればすばやく分解できる可能性があります。実は、ペットボトルの原料であるポリエチレンテレフタラート(PET)を分解できる微生物も見つかっています。イデオネラ・サカイエンシスというのですが」

──そうした菌を有効活用できれば、理想的なサステナブル社会が近づけると。

「プラスチックなんて人間が近代に作ったものだから、生物が分解できるわけないと思われていたんですけどね。進化・適応の速度がものすごいんです。人類が100m走の世界記録を塗り替えるよりも、圧倒的なスピードで。ある種のツールやモジュールとしても、微生物には大きな価値を感じています」

 

 

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Credit
Photo_MURAKEN
Text_Hiroyuki Yokoyama