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サステナブルの循環は、目に見えない世界からやってくる。 || 伊藤光平 / 株式会社BIOTA代表取締役・微生物研究者

2022.09.14|コラム

 

微生物がサーキュラー・バイオエコノミーのカギになる

目には見えないけども、私たちを取り巻く生態系の根幹を担っている微生物。サーキュラー・バイオエコノミーを推進する上でも、ひとつの重要なカギを担っているようです。


──めぐりわでは、サーキュラー・バイオエコノミーという化石原料を使わない循環型経済の可能性を模索していますが、その文脈において微生物はどのような役割を果たせると思われますか?

「微生物は生態系の根幹を分解者として支える存在です。微生物の働きが止まってしまえば生態系自体が正しく回りません。『地球にうんちが増え続けないのは微生物のおかげ』みたいな話ですよね。物質循環に関わる大本ですから活動を止めてはいけませんし、リスペクトしながら応用していきたいというのがわたしの気持ちです。もっといえば微生物だけでなく、生態系すべてをもっとうまく応用すべきなんでしょうけど、それって結構レベルが高い要求じゃないですか。すぐに都市のど真ん中に大森林を作ろうなんて、実装は現実的ではありません。まずはミニマムに、微生物から導入すればいいんです。微生物は適切な場所にあれば、人間がコストを掛けなくても勝手に化学物質を分解してくれますからね。微生物は本当にすごくて、人間が科学技術で必至に実現しようとしていることも、一瞬でできちゃうんですよ」

──可能性が広がっているんですね。

「先ほどお話ししたペットボトルを分解する微生物もそうですし、放射能汚染を除去できる微生物もいるでしょう。それに今では、微生物のエンジニアリングがラクになってきているんですよ。2020年のノーベル化学賞を受賞したCRISPR/Cas9(クリスパー・キャスナイン)もそうですけど、ゲノム編集技術の発展により微生物に思い通りの機能を組み込めるようになってきています」

──そうして、人々の暮らしに最適な微生物コミュニティを実現できると。

「はい。たとえば建築の世界では設計において、微生物の存在が無視されています。建材に抗菌素材はあったとしても、人間にとって適切な微生物コミュニティが築けるかどうかは考慮されていませんから。多様性を確保できれば、悪い微生物が急増する事態を回避できるはずで、それもひとつの健康だと思っているんです」

 

プロバイオティクスデバイスで微生物の価値を広めていく

微生物コミュニティを適切にするための方法。そのひとつとして伊藤さんが見せてくれたのが、開発中の電化機器「GreenAir(グリーンエア)」でした。ソニー主催のコンペティションで準グランプリに輝いたプロバイオティクスデバイスで、「森林の空気を室内に生み出す」ことを目的としています。


──現在「GreenAir」の製品化を進めていらっしゃると聞きましたが、それはどういった仕組みなんですか?

「加湿器のように微生物を空間に噴射するイメージですね」

──それによって、微生物のバランスを整えようというワケですね。

「そうです。たとえば換気しづらい高層ビルだと自然由来の微生物が入りづらいので、意識的に噴霧させれば多様性が高まるはずなんですね。室内の有機物を代謝してくれるでしょうし、感染症の原因になる微生物の過剰な増殖を抑えることもできるはずです。また、とにかく除菌や殺菌しとけばいいという考えから脱却できれば、薬剤耐性菌の発生も抑制できるでしょう。微生物コミュニティが豊かになれば、人間の体にとってもよい環境となりやすいんです。土や川などの微生物が身近にある田舎のほうが、喘息やアトピーといった自己免疫疾患になりづらいといわれていますが、都市部でも微生物コミュニティを豊かにすれば、そうした疾患にもアプローチできるのではないか思っています」

──やっぱり、自然の近い田舎のほうが微生物の種類が多いんですね。

「田舎の家と都会の家で比較したところ、田舎の家のほうが豊富な微生物の種がいたという論文があります。また、喘息を患っていても、田舎のほうが悪化しづらかったという調査結果も。こうした問題にも、微生物学がひとつの解決策を提示できると思っています。微生物を取り込むことで、健康な状態に近づける。『GreenAir』はプロバイオティクスのデバイスですから、『都市部に注ぐヨーグルト』のようなイメージですね。みなさんがヨーグルトに期待していることを、もっと大きな規模で、複雑なカタチで提供するんです」

──「都市部に注ぐヨーグルト」ですか。おもしろいですね。

「微生物を使った免疫療法の研究はたくさんあるんですけど、社会実装までの道のりが険しくて、研究だけで終わってしまっているのがほとんどなんですよ。もったいない話です」

──一方、「微生物のバランスを整えるのはいいことだ」という考えが浸透していない現状ですと、「GreenAir」をすんなり受け入れるのは難しいようにも思います。まだ「微生物=掃除しよう!」と考える人が多いでしょうから。

「啓蒙活動も続けていなければなりません。このインタビューもそうですね。まだまだ未知の世界と感じていらっしゃる方は多いですから、お話をする機会を増やしていかなければならないと思っています。ただ難点なのが、効果を実感してもらいにくいこと。マイナスな状態をプラマイゼロにするイメージで、ありがたみが伝わりにくいんです。いいニオイがするわけでもありませんし。リアルタイムでの微生物のモニタリングも難しいので、室内の微生物バランスを知るには少し時間がかかってしまいます……。でも、どうにか微生物の多様性を保つことの価値を広めていって、都市生活におけるひとつの文化にまで醸成していきたいと考えています」

──「GreenAir」は、いつ頃の完成を目指しているんですか?

「2021年末には完成させ、2022年には量産していたいですね。目に見えない微生物の価値をどう伝えていくか、マーケティングが重要です。今、BtoCのブランドはたくさん生まれていますけど、バイオテック分野のブランドって多くないですから、狙い目なのかなって思っています。」

 

 

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Credit
Photo_MURAKEN
Text_Hiroyuki Yokoyama